家具デザイン界において、その名を知らない人はいないほどの偉大な存在、ハンス・J・ウェグナー。その生涯で500種類以上の椅子をデザインした彼の作品は、20世紀の北欧のみならず、世界中のデザイナーに今も多大な影響を与え続けています。
また、デザインの美学と機能性を見事に融合させた彼の椅子は、家具というジャンルを超えた芸術作品としても多くの人々を魅了しています。ここでは、彼の代表作のひとつでもある『シェル チェア』をはじめ、ウェグナーがデザインした名作椅子の数々をご紹介するとともに、その歴史や魅力を余すところなくお伝えしていきたいと思います。
ハンス・J・ウェグナーの生涯
1914年、デンマークの南ユトランドに位置するトゥナーという町に生まれたウェグナーは、13歳から家具職人の下で修行をはじめ、17歳の時には指物師としてマイスターの資格を取得するなど、若くして家具職人としての才能を開花させました。
23歳の時にはコペンハーゲン美術工芸学校に入学して家具設計を専攻すると、卒業後は同じく北欧デザインを代表するデザイナーとして知られているアルネ・ヤコブセンの事務所に勤務することとなります。そして、1943年に中国の明の時代に作られた椅子にインスパイアを受けてデザインされた『チャイニーズ・チェア』が大ヒット。彼のデザインが世界中の人々に知れ渡ることとなったのです。
ヤコブセンの事務所から独立した後も、機能的かつ優美なデザインの椅子を数多く発表していったウェグナーは、2007年に96歳で亡くなるまで、家具デザインの巨匠として存在感を示し続けました。
デザインの美学と機能性
ハンス・J・ウェグナーがデザインした椅子の特徴としてしばしば挙げられるのが、そのシンプルな視覚的美しさとともに、実用的な機能性を兼ね備えているという点です。
彼がデザインした椅子は、どれも非常にシンプルでありながらも、洗練されたラインと形状をしており、どんな空間にも自然に溶け込むことができます。それはどの角度から見ても美しく計算されているだけでなく、座り心地の良さや機能性も追及されています。
長時間座っていても疲れにくく、使用する素材の特性を最大限に活かし、日常的な使いやすさを体現したものとなっています。時間が経っても色褪せない普遍的なデザイン性はいつの時代も多くの人々を魅了しており、コレクターだけでなく、普段使いの逸品として愛用する人も多くいます。
素材と職人技の融合
ウェグナーは、シンプルかつ美しく、機能性にも優れたデザインを実現するために、使用する素材にもこだわりました。彼の作品には、オークやチークなどの高品質な木材が使用されていますが、これにより強度と美しさの両立が可能となっています。また、彼はこうした素材に革や布地を組み合わせることで、座り心地の良さも追求しました。そして、こうした素材の特性を最大限に活かすために、熟練した家具職人技術を駆使しました。
生涯において500以上の椅子をデザインしたウェグナーですが、どのデザインでも職人ならではのこだわりが詰まっており、妥協のない作品になっています。また、こうした職人の技の結晶とも言える椅子は、世代を超えて使用できる耐久性にも優れており、欧米では一生涯にわたって愛用し続けるものとしても知られています。
上質な素材と熟練の職人技が見事に融合し、時を超えて愛され続けるデザインとなっているのです。
代表的なモデルをご紹介
その値段の高さから気軽に買える椅子ではないものの、いつかは欲しいと思っている方も多いはず。ここではハンス・J・ウェグナーがデザインした椅子の中でも、特に人気のあるモデルについてご紹介していきましょう。
Yチェア
『Yチェア』の愛称とともに、ウェグナーの椅子を代表する名作としても知られている『CH24』は、その特徴的なデザインと優れた快適性で、今も世界中のデザイン愛好家たちから高く評価されています。
このデザインにおいて、ウェグナーはアームと背もたれを一体にするという、それまでの椅子デザインに見られなかった斬新な試みをしています。そしてこの優美なカーブを描く木製のアームに安定性と心地よい使用感を与えているのが、愛称の元にもなったY字形の背もたれです。Y字型の背もたれは、この椅子に視覚的な美しさをもたらすとともに、座った際に背中をしっかりと支えてくれるのです。また、この椅子は軽量でありながらも頑丈な構造をしており、長時間の使用にも耐えることができます。CH24の完成に必要な製作工程は実に100以上に及ぶとも言われています。しかも、そのほとんどが現在も職人の手を通して作られています。
そのシンプルでありながら洗練されたデザインは、どんな空間にも自然に溶け込み、北欧モダンの神髄として燦然とした輝きを放ち続けています。
シェルチェア
『シェルチェア』の愛称で知られる『CH06』は、独自のデザインと快適さを兼ね備えた作品で、多くのインテリアデザイン愛好者から支持されています。広げた羽のようなフォルム、そして、先端にむかってテーパーのついたアーチを描く脚は、まるで椅子が宙に浮かぶかのような軽快な印象を見る者に与えてくれます。
今でこそウェグナーの業績を代表するこの椅子ですが、実は発表された1963年当時は、前衛的すぎるデザインから業界で大きな注目を集めたものの、一般的に受け入れられることはなかったと言います。実際に、1960年代にはわずか数台しか製作されませんでした。しかし、1998年にデンマークの家具ブランドであるカール・ハンセン&サンが復刻したところ、瞬く間に大きな反響を呼び、名作のひとつとして今も人気を集める名作として認知されるようになったのです。
この椅子は、先述したように曲線を活かした流れるようなフォルムが特徴ですが、それでいてどんな空間にも調和する普遍的な美しさを湛えています。木材と張地の組み合わせにより、シンプルでありながらも洗練されたデザインとなっており、長時間座っても疲れにくいように工夫された座面と背もたれは、実用性と美しさを見事に融合させています。
ピーコックチェア
孔雀が羽を広げたような優美な背もたれのデザインから、『ピーコックチェア』の愛称で親しまれている『JH550』。また、背もたれのスピンドル部分が矢に見えることから『アローチェア』とも呼ばれているこの椅子は、ウェグナーがデザインした数ある椅子の中でも、とりわけ特徴的なデザインが施されていることで知られています。ウェグナーは、イギリスのウィンザーチェアを元にこのデザインを思いついたとも言われています。
ウェグナーの卓越した木工技術とデザインセンスが融合した作品でもあり、彼の作品の中でも際立っています。それでありながら、ウェグナーのすべての椅子において共通して言えるように、この椅子もまた快適さと美しさを兼ね備えており、長時間座っていても疲れにくい構造が施されています。他のウェグナーの椅子に比べて強い印象を見る者に与えるデザインでありながら、さまざまなインテリアスタイルに調和し、日本家屋であっても置くだけで空間を格上げする力を持っています。
高価ながらも一生使える名作揃いのウェグナーの椅子。あなたもひとつ、自宅に迎え入れてみませんか。長い一日の終わりに、ゆっくりとくつろげるとっておきの居場所になるはずです。